2013年10月29日火曜日

「となみ城郭クロニクル」を堪能

「となみ城郭クロニクル」に行ってきました。
散居村ミュージアム
富山県砺波市は、国指定史跡「増山城」を中心に、何やら山城関係で盛り上がってます。
山城を多く持つ氷見市や魚津市にも同様の頑張りを持ってもらいたいところですね。

  
壇城での発掘品。並べ方がすごいし、鉄砲玉もありますよ。
こういった、遺品が見ることができるのがいいですね。山城登りの現地では味わうことができません。
壇城の位置、違ってますよ。

壇城の詰城の図(佐伯先生によるもの)

圃場整備で消滅して、今は田園となっている「御舘山館」についての発掘調査結果の展示がよかったですね。
石組井戸や、堀と思われる溝
明治31年の絵図には「御館山」の丘がある

亀山城発掘品
増山城発掘品
砺波市を中心として、山城を訪問しやすいように整備や案内が今後もなされるよう期待したいと思います。

2013年5月16日木曜日

門口の門で別れる若狭と大道の集落

富山市八尾町(山田村)の奥地にある大道城へ行ってきました。

富山県内でも最も高所にある城跡の一つである大道城。
あのあたりは、雪解けも遅いですし、熊も出ますから、一人で行くには心細い場所。

ただ、大道城に行く前に「門口の門」を訪ねておかねば……。

門口の門
門口の門 正面

門口の門は、伝承では大道城の大手門とのことなのですが、城跡から1.5kmも離れているので、さすがに城門という訳ではないでしょう。

門口の門
尾根道に対して土塁を持つ切岸を設けて防御

門口の門の南側すぐに、若狭集落と大道集落への分かれ道があり、おそらく関所の役目を果たしたのだと思われます。

昔の人は、こんな尾根道を往来したんですね……。
それにしても、大道集落と若狭集落って、どこ?

少し古い富山県地図には載ってます。


大道城を挟んで東西に位置します。
今から考えると、何が好きでこんな山奥に住んでいたのか……炭焼きや林業で細々と暮らしていたんでしょうね。
佐伯先生によると、大道集落まではちゃんと電気が通っているとのこと。

二つの集落は既に廃集落になっていますが、さすがネット上には廃村マニアによる訪問記があります。
 >>若狭集落
 >>大道集落

恐ろしい……単独で廃村探訪は危険ですよねえ……。